テレビがウイルスに感染する時代だそうです

テレビにもサイバー攻撃 画面が停止し「罰金払え」の画面 国内300件以上ウイルス検知 (1/2) - ITmedia ニュース

テレビまで、ウイルスとかマルウェアに感染する時代なんですね。
PCならセキュリティソフト入れて防御したり駆除したり、色々自分で対策できますが、テレビやらIoTの場合ってどうなるんですかね?

記事見ると、感染しちゃったらテレビのOS初期化しかなくて、メーカーに問い合わせる必要あるということですが、これってイチイチメーカー修理に出さないといけないのでしょうか。
非常に面倒くさいし、その上修理代も取られて、何週間もテレビ見れないとかだと大変ですね。消費者に余計な手間とコストかける形にならないよう、工夫はして欲しいところ。
まああまり技術に詳しくない人だと、結局テレビどころかPCでも修理出すしか無さそうなので、仕方ないのかもしれませんが。

ちょっと短いですが、今日はこの辺で。ネタ切れとか言わないw
でわでわ。

幼稚園の作品展

今日はうちの子が通っている幼稚園で、園児達が日頃描いた絵や工作作品などを展示する作品展があり、家族で行って来ました。

うちの子は今年年中さんなんですが、昨年に比べてこの一年でまたグッと成長を感じられますね、作品を観てみると。同じ絵でも、年少の時に比べて、構図が複雑、立体的になってたり、ディテールの細かさが段違いです。

ちなみに、年長さんの作品も軽く眺めてきたんですが、成長を感じる絵のテーマとして、自画像があるかもなと思いました。
本当に小さいときは、自分の目から自分自身は見れないですから、自画像ってそもそも描くことが無いか、描いても大分抽象的な気がします。それが、年長さんになると、格段に描く回数も増えるし、自分自身を客観的に見るということも出来るようになるからか、かなり上手になる気がするんですよね。

さて、来年うちの子はどんな自画像を描くのか、またこの先どんな自分を描いていくのか。楽しみです。

でわでわ。
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SO-02G 2度目の修理より帰還

Wi-Fi機能が死んだということで修理に出していたマイスマホSO-02Gが、本日戻って参りました。

別用で駅に向かうバス待ってるときに、修理終わったの連絡メッセージが届いたんですが、後少し連絡が遅れてバスに乗り込んでたら、貸与付属品持ってなかったので危うく二度手間になってしまうところでしたね。

それにしても、今日のドコモショップは、エライ待たされた。三時間かかりました。そもそも声かけられるまで二時間半待ったのかな?店に着いた時、一時間半から二時間待ちって言われて。でも店内にそんなに客は居なかったので、自分は受け取るだけの用事だしそんなに待たないだろとたかをくくってたんですが…いやはや。

大分ゲンナリしてた様子が伝わったのか、フロア係の人に声かけられてからは、窓口空いてないけど私のほうで対応しますっつって、待ち合い席のままでフロア係の人が、全部対応してくれました。
まあ、貸し出し機渡して、バックヤード持ってって私の修理済みスマホにUIM差し替えて、Wi-Fiのチェックだけして持ってきただけなので、声がけされてからはサクサク終わりましたけどね。それに、そこそこ詳しい客だというのは分かってくれてたみたいなんで、Googleアカウントの設定やら、アプリのインストール設定もろもろ全部、お任せして大丈夫ですかと聞かれて、あーいっすよってことで。
ていうか、こんなに実際の手続きすぐに終わる客なんだから、さっさと声かけてくれればねー。律儀に、技術にも契約にも疎い、埒も明かない質問ばっかで時間ばかりかかるお客さん先に対応して回転が上がってなかったんだろうかなと。

そんなわけで、今日はスマホやらPC触る時間が無かったため、ツイートなどもあまりしてませんです。上述のとおり、まだスマホの各種設定、アプリインストールなども終わってなくて、このblogも先ほど風呂に入るところで、ようやく弄れたくらい。ネタもあまり考えてなかったので、こんなプライベートなネタを強引に書き捨ててるのもイマイチだなーとは思うものの、まあこんな日もあるかと言うことで、今日はこの辺でまあよしとさせてください。

ではでは。

地道に研鑽し真摯に向き合っていれば見る人は見てくれている、そして訪れたチャンスを的確に掴む

華丸・大吉 談志さんに言われた「過去、爆笑問題にしか言っていない」言葉とは… ― スポニチ Sponichi Annex 芸能

 

示唆に富むお話ですね。

驕らず飾らず地道にスキルを磨いて真摯に向き合い実力をつけていれば、優れた先達はちゃんと見てくれていて、アドバイスしてくれたり、機会を逃さぬよう後押ししてくれるという、一つの事例ではないかと。

 

実力に加え、華々しくはなくとも(名前のイメージと違ってとか言ったら失礼かw)周囲の人が助けたいと勝手に思ってくれるような、真摯に振る舞ってきたのではないかなと思います。何事にもケチつけるような人以外、あんまり嫌いと言われる人たちじゃないですもんね。同じ芸人仲間のうちでも好かれてそうだし。

 

もちろんそれに加えて、舞い込んできたチャンスをしっかり掴んで取り込みモノにしたという点も、華大さんの素晴らしいところだったと思います。
チャンスは何度もやっては来ない。せっかく訪れたチャンスをみすみす逃してしまっては、2度訪れる保証は無いですからね。

そういう意味では、危うくチャンスを逃しそうなところを、うまく背中を押してくれたビートたけしさんも、さすがだと思います。談志さんの、たった一言で本質を突くアドバイスもしびれますけどね。

 

ではでは。

ケイゾクの壁のここから

アウトプットと言いますか、文章書く頭のトレーニングが必要だなと思い、何年ぶりかでブログを毎日1エントリー更新するということを始めまして、早いもので2週間続いたようです。

えっもうそんなに日が経ったの?という感じなんですが、とりあえずなんとなく始めたところもあり、やはり記事のネタが息切れになってきました。

とりあえずここまでのフェーズとして、特に何ということもなく適当に思いついたことを書き出してみるでいいから、まずは続けてみるということで、まあまずまずの良い2週間だったかなとは思います。

ここからは、漫然と何も考えずにスマホに向かうだけでは厳しくて、そろそろ戦略的にネタを見つけることを考えてブログに向き合うことが必要ですね。

自分の好きなことなのか、趣味か、仕事に絡めてWeb系の話題なのか…。取り組むテーマを決めると良さそうです。
その上で、テーマに沿って日頃考えてることをちょくちょくまとめてみたり、過去の思い出を綴ってみる、ニュースやコンテンツを探してみるといった、ある程度目的意識を持って、毎日を過ごすこと。考えて実践してみたいと思います。あ、あとは楽しむことが大事ですね。

ではでは。

表現の自由と、言葉の暴力と、出る杭は打たれること


うーん、何でしょう。
なんともムズムズする心持ちになるのは、なぜなんだろうか。

患者さんの苦しみ、医療の実態や、公的保険の課題など、自分は全然何も知らないし語るほどの知見も無いので、そこは何とも言えないし言うべきでもないのですが、感想として、多角的に事実を仔細に調査し勉強しておらず慎重に言葉を選ぶことも出来ない直情的なだけが取り柄のバカは、出る杭は打たれるしかも徹底的に、ってことなんだろうなと思いました。

私も、長谷川氏の例のあれについては調子に乗りすぎたバカな行為、一線越えちゃったバカ以外の何者でもないとは思います。
ただ、目に見えた課題を何とかしなくては、解決に向けての提案をしたいという素直な思い自体は真剣ではあるし、悪いものでは無いよねとも思います。ただ、思ったことをそのままバカ正直に不特定多数の向けて大声で得意気に発言してしまった、バカだったというだけなのかなと。

翻って、こちらの野上さんの痛烈な批判。恐らくその指摘は正しいのだと思いますし、患者や医療現場の実態に関しても広く深く知っているのだと思います。
ただ、なんだかムズムズするのは、対談の時に一方的に喋らせておいて、後になってから後だしじゃんけんのようにこのような長々と呪いの塊のような批判を一方的に出してきたことですかね。
この記事の前提の対談も読んでたのですが、その時には確かに大した議論も反論もなく意外に穏便に終わったなと思ったんですが、その裏でこんだけドロドロと批判を溜め込んでいたとは…。

またもう一点気になるのは、確かに患者や医療の現場などの実態には詳しいのだろうし、当事者でもあるが故に課題の指摘も正しいのだろうけど、ではそれを解決するにはどうしたらいいかの提案は、記事を読んでもいまいち読み取れなかったこと。
あれが問題、これが問題と指摘は正しいけど、それに対して、ではどうアクションするのか?それがないように見えるので、なんだかムズムズするのかなと思います。結局、すごく綺麗な理想に向かって国なり公的機関がなんとかしなければいけないと、他力本願なことしか言ってないような気がするのですよね。
他人の問題点を指摘するのは簡単ですが、課題に対してどうすればいいのか、少なくとも自分は何をするのか、それがセットになってないただの指摘というのは、正論であってもムズムズします。

表現の自由は、言ったことの責任は自分で引き受ける覚悟と表裏一体で、バカなことをしたら批判は受け止めて当然です。ただまあ、批判する側も、批判だけ、出る杭は滅多打ちにするだけではなく、建設的な方向にお互い進めるような議論になるといいなと、常々思ってみたりします。

ではでは。

VitaでJAWS観て年食った実感をする

1年前にPS Vitaを買ってから、スカパーで録画した色んな映画をVitaに転送して仕事帰りの電車の中で観るのが、ささやかな楽しみになっております。

たまたまその前に買ったBlu-rayレコーダーもSONY製で、お出かけ転送がしやすかったという巡り合わせはあるんですけど、簡単に転送できるし、操作もしやすいし、画面もそこそこ大きいので、重宝してますね。
スマホやタブレットでも転送できるけど、何故かそれだと一回転送したらもう戻せないってのがガンなので。せっかくだからBlu-rayに焼いていつでも観られるようにしときたいですしね。
まあ、そんなもんどこに観返す時間があんだって話ではあるんですけどね。

で、昨日今日の2日かけて、サメ映画の金字塔、「JAWS」を観ましたので、なんとなく思ったことなど書いてみます。あ、一作目ね。

これまでも、テレビのロードショーでやってるのをたまたま観る機会は子供の頃から何度かあって、クライマックスのところはよく覚えてたんですけど、何気に最初から最後まで通しで観たのは、初めてかもしれません。
大抵、たまたまテレビつけたらやってて途中から観て引き込まれるというパターンでしたからね。まあ、子供の時には、派手なJAWSとのバトルシーンばかり記憶に残って、他のシーンは興味なくて覚えてなかっただけかもしれませんが。

この年になって改めて観ると、ラストバトルの前夜、おっさんどもが奇妙な男の友情芽生えて盛り上がるあたりに、何故かグッときたりしましたね。
野卑で粗暴なサメ漁師と、金持ちのボンボンの博士と、平凡なサラリーマンな署長が、とんでもない敵との戦いの前に心を一瞬通じさせる様がなんともニヤリとしちゃった次第で。子供の時はもし観てたにしても、なんとも思わなかった(早くサメ映せって思ってたかも)だろうので、子供の時と今とでは、ほんとに感性というか着眼点みたいなのが変わるもんだなあと、しみじみ。

逆に、JAWSの最期の大爆発シーンなんかは、鮮烈に記憶に残ってたという事情はあるものの、子供の時ほどにはやったぜ!感は感じなかったです。いや勿論、面白いのは面白いんですけどね。刺激的な演出に慣れたんでしょうねえ。

あと、サメのリスクを知らされても、観光客のかき入れ時に損害となるのを看過できず、対応が後手に回った市長の判断なんかも、大人になってみると仕方ないよなー、結果論だよなと、気持ちは理解出来ちゃったりしますよね。
取り返しのつかないリスクよりも、現実的に目に見えるリスクのほうを優先させてしまうこと、ビジネスでもよくあることと思います。
まあ、それでも何かあった場合に責任は取らなきゃならないところが、大人の辛いところですよね。

そんなわけで、子供の頃、若い頃に観た映画でも、年くった今観ればいろいろとかつては見えなかったものが見えたり、感じたりするので、面白いです。

ではでは。

風呂の気持ちいい季節

スマホでブログ更新するのは手軽でいいですけど、ともすると文章書くだけに留まって、気になるサイトのリンク貼ったり引用したりという手の込んだことがやりにくいですね。
まあこの辺は慣れなのかなあとも思いますが。

ちなみに、寝る前かお風呂に浸かりながら更新してることが多いのですが、今日は大分寒くなってきたので、お風呂がメチャクチャ気持ちいいです。温かくて。

大体30才越えたくらいから、お風呂、温泉の良さをじわじわ感じるようになりました。
最初は温泉宿とかですが、段々サウナなんかも気持ちよくなってきて、今では毎日のお風呂も日々の潤い、欠かせないものになっています。

思い返せば、20代独身のころは、アパートがユニットバスだったせいもあるけど、基本シャワーだけで済ませてましたからね。
結婚して、子供が生まれてから、毎日湯船にも浸かるようになったんですけど、とても贅沢なリラックス手段となっていると思います。

もう風呂なしの生活は考えられない…とまでは言いませんが、幸せな人生送れてるなあと、ひしひしと今、温かい湯船に浸かりながら書いてます。防水スマホバンザイ。

とりとめもありませんが、ではでは。

秋の多肉植え替えフェスティバル2016

とても気持ちの良い秋晴れの下、予定通り本日は、多肉植物の植え替え祭り。



奥さんから貰った夕凪と、十字星をミニ鉢に寄せ植え。



春に買っていた多肉の寄せ植えを、ちゃんとした鉢に植え替え。



同じく春に買っていたグスト、青鎖竜、リトルビューティー、黒兎耳を寄せて植え替え。



昨日買ってきたパーパルソウムというエケベリア。



同じく昨日買ってきたゴーラム。鉢と相まっていい感じ。

そんなわけで、やらなきゃと思っていた植物どもを全部植え替えまくって、スッキリです。
毎朝眺めてニヤニヤ愛でながら、張り切って出勤、頑張れそうです。

ではでは。

ハエトリグサってチーズも食べるんですね

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今日は、奥さんのリクエストにより、南浦和のほうにある「沼ノ上農園」に行って来ました。


勿論、最近食虫植物にハマっている息子も一緒に。「もしかしたら食虫植物あるかもよ?」とそそのかして。まあ、こう寒くなってくると食虫植物はあまり出回らないだろうと思ってはいたので、騙してごめんねってところですが。

何せ、まだ5才の男の子ですから、別に植物そこまで興味ないためすぐ飽きるので、いつもは帰りたがる息子をなだめごまかしながら、なかなかゆっくりは見てる暇がありませんでした。

が、なんとも驚いたことに、お店に着いたら食虫植物、まだ並んでやがる。
これには息子ちゃん、大興奮。
ウツボカズラにモウセンゴケ、ハエトリグサと、飽きることなく食い入るように、おとなしく買い物に付き合ってくれました。

↑でも言ったとおり、食虫植物の季節としてはもう遅いため、置いてあったのも売れ残りを全部エイやっと寄せ植えにしたやつ。それがさらに半額になっており。
案の定欲しがる息子に初めのうちは買わないよと言っていたところ、オールスター的に4種類も一鉢に植わってる上に半額ですから、見てるうちに段々自分も欲しくなってしまい…とうとう買ってしまいました。

実は自分自身も、食虫植物って子供の頃から隠れファンだったんですよね。夏ごろにちょいちょい出回ってた時も、密かに買おうかどうしようか迷ってたくらい。

植物なのに、他の生き物を補食するという特異性。そこからかもし出される独特の形状、雰囲気。妖しいです。妖しすぎます。

そんなわけで、とうとう食虫植物まで育てることになりました。初めてだし、いやーこれはドキドキしますね。
多肉植物とも盆栽とも勝手が違う、何より湿地帯に生きる植物ですから、水やり・湿気の具合が全然違うので、無事に来年暖かくなるまで育てられるか、冷や汗ものです。

でもまあ、息子ちゃんも大変喜んでるし、何気に自分もテンション密かに上がってるので、いい買い物したかなと思います。テンションあがって外が真っ暗になるまでうっかり多肉や観葉の植え替え頑張っちゃったもんね。

ちなみに、息子ちゃんの興味としては何を置いても補食シーン。てことで帰るなり家の庭で虫探し始めてましたw
でももう秋深し、そんなに都合よく見つかってくれません。
そしたら、奥さんが、チーズを小さく切ってくれて、ハエトリグサがチーズ食べるか実験。見事成功で、↑の写真で何枚か、チーズくわえております。ハエトリグサがチーズ食べるとは、知りませんでした。ビックリ。

そんなわけで、ではでは。

葉刈りは失敗したようでケヤキが残念な感じです



前に、「ズバッと葉っぱ刈ってもまた芽吹いて緑ワサワサになるんだよ、植物ってスゴいね!」とドヤ顔で書いたのですが、実は…今のケヤキは上の写真の有り様。なんとも切ない限りです。

恐らく、葉刈りした時期が、少し遅かったんでしょうかね。刈ってからすぐに蒸し暑い季節になってしまい、お天道様も今年はピリッとしない天候だったせいか、例年葉刈り後にすぐ新しい目がワサワサ出てくるはずなのに、今年は前々回新しい葉がでてきませんでした。

ちなみに、ここではケヤキだけ載せましたが、もみじも4つあるうちの3つが同じような感じでして、こちらもなんとも切ない。

多肉植物のやり方を引き摺ってしまい、真夏の最中の水やりも盆栽としてはちょっと適当になった時もあったのでそれもあるのかもしれませんが、来年は気をつけるようにしたいものです。

ではでは。

初心ブログ

10年ちょい前の、自分がブログというものを書き始めた頃の記事を久しぶりに振り返ってみたのですが、いやーなんだろうあれ。明らかにテンションがおかしいんですよね。

中身はなーーんにもないんですけど、下らないダジャレやら言葉遊びみたいなのがポンポン出てくるし、かと思えば急にシリアスになって赤面もののポエムチックを吐き出し始めたりなど、妙な熱量みたいなものを感じました。我ながら。

中身に関しては、今も大したことは何も書いてないので昔の自分をディスる資格もありゃしないんですが、比べると今は、明らかに文章が丸くなってる気がします。要は年食ったってことですかね。見も蓋も無いけど。

思い返せば、当時は毎日酒かっくらってデロデロになって、夜更かししながらブログ書いてたので、テンションおかしくなるのも無理はなかったかも。
また、公私ともに(特に恋愛ってやつですか照れますねてやんでい)色々あった時なので、精神的にも良くも悪くも揺れまくる時期であった影響も否めませんが。

なんにせよ、まさにログですね。自分のその時々の考え方だったり、生きた証を振り返ることが出来て、面白いものです。人間って素晴らしい。

まあ最初にブログ始めたのに、特にそこまで何か思いや動機があったわけでもないんですけどね(笑)。周りで流行ってるのに自分も乗ってみただけの何の気なしではあったんですが。それでも細々とでも続けてると、何かの足しにはなってんのかなと思います。

ではでは。

原因論と目的論


まさに、アドラーさんの言う、原因論と目的論の話ですね。

はるかぜちゃんは、アドラーさん関連の本読んだことでもあるのかな?そうでもないのに、自然とこういう考えに到達してて、しかもそれをこれだけ的確に当てはめて表現してるんだとしたら、やっぱりすごい人ですよねえ。

まあでもこの考え方、明確に認識できてる人は少ないだろうけど、実は誰でも薄々、無意識に気づいてるものなのかもしれません。

とりあえず自分の場合は、この考え方を読んだときに、ずっと長い間モヤモヤしたままだった何かがスッキリして腑に落ちた感じがしたんだけど、それって実は自分でもちゃんとこのことを知ってたからなのかな、と。
知ってはいるけど、それを受け入れることは、弱い自分を認めることにもなるため、無意識に否定あるいは蓋をしていたのかな、と。

この考え方を素直に認めるようになってからは、自分にも他人にも、かえって余裕を持って接したり、振る舞ったりすることが、少しだけ前よりも出来るようになった気がします。

とりあえず今日のところは、こんな感じで。
ではでは。

自分で決めたことはやりきってみるもの、まずは形にしてみるもの

大きな課題を抱えると、それで頭がいっぱいになり、他のことを考える余裕が失われがちです。
今の自分が、まさにその状態。

まあ、前々から取り組まねばとざっくりイメージは継続的に頭のなかで考え続けてはいたのですが、いざまとめようとなると、あれも気になるこれも考えなければと思考がとりとめもなく膨らみ、大事な「まとめる」作業が進みません。

他の人に課題ややりたいことを分かりやすく、理解してもらえるように「まとめる」こと。難しいですね。そこそこ経験を重ねても。

あれこれ考えすぎて、実行に移すのが遅いのが欠点と何度も人から言われてるし、自分でも重々自覚はしている部分なので、明日こそは何としても形にしていく部分に意識をおいて、頑張ろうと思います。
あんまり考えすぎず、割と適当にやるくらいでちょうどいいんだよな、私の場合は、きっと。

そんなわけで、今日はTwitterとかもあんまりはかどっておりませんw おりませんが、そんな中でも自分で決めたことはやりきってみるのも大事。ということで、今思いついたことを愚直に、適当にブログ記事として書きなぐっております。何か身になることを信じて。

ではでは。

虐待の悲劇を無くす想像力

何の気なしに毎日1エントリーgooブログ更新しようと思い立ち5日たちました。
ブログというもの自体はgoo以外の別のサービス使ってもう10年以上経ちますが、ここ数年はほぼ休眠放置だったので、毎日書くのが5日も続くのなんて8年ぶりの話でしょうか。スマホ凄いな。まあ、今は借り物のスマホ使わしてもらってるのでお恥ずかしくありますが(なぜかボディの色以外は借り物という気がしないけど)。

さて、子供が生まれてからこのかた、こういう記事にすごく吸い寄せられるし、胸がキリキリ痛みます。

「バイバイ」笑顔の幼子、母は橋から落とした:朝日新聞デジタル

元々子供は好きなほうだとは思ってましたが、実際に父親になってみると、本当に子供というのは自分にとって愛しく、大事に守ってあげたくなる存在なのだと気づかされました。
なので、虐待やらネグレクトという話を聞くと、胸が痛くて痛くてたまらなくなります。

一方で、子育ての大変さ、またそれに向き合う母親のしんどさも身近に目の当たりにしてきて、衝動的にこのような行為に出てしまう感情や背景も、なんとなく理解出来なくもなくなりました(それを許すわけでは勿論ないですけど)。

子供というのは、可愛らしい時もある反面、あるいはそれ以上に、我々の思う通りになる存在ではないし、子育ても苦労する時間のほうが長いものと思えます。

思う通りにしようという発想がそもそも間違えであり、彼ら彼女らにも幼いなりに人格もあって、自分で自分なりに生きているのであって、我々大人は子供が育つのを手助けしてあげてるに過ぎない…とまでは少し言い過ぎかもしれませんが、とにかく子供を支配し思い通りにしよう、コントロールしようというのは間違いなんだとも思います。

だけどそういうの、知らない人も多いし、また身近に教えてくれる人もいなかったりすると、自分の思う通りにならないことに余裕がなくなり、不幸にもこどもに悪意を向けたり、愛情を感じなくなってしまう瞬間というものは、想像以上によくあることにも思えます。

また、子供に直接向けられなくても、代わりにその母親にネガティブな感情をぶつけるとか、そこまで積極的な悪意では無いにしても、そういう悩みや苦しみを想像することもなく共感や支援、協力を欠いてしまう(恐らくそもそもそんな思いに至ってない)父親とか周囲の人間が、母親を追い詰めて悲劇を生む原因となっている、そんな気がします。

何事もそうですが、他人の状況や心情に対する想像力さえあれば、戦争も含め世の中の問題のほとんどは解決に向かって進むと思ってるんですが、人間ってなかなか哀しいものですね。
自分に何が出来るだろうかと、そんな思いにふけってしまう今日この頃です。

ではでは。

SO-02G Wi-Fiがイカれて2回目の修理に旅立つ

2~3週間くらい前から、スマホSO-02GのWi-Fiが全然繋がらなくなってました。

繋がらないといっても、うちのルータがおかしいとかではなく、Androidの設定でWi-Fiをオンにしても、一切アクセスポイントが出てこないという症状で、そもそもスマホのWi-Fi部分が全く機能してない感じ。
再起動はおろか、端末初期化しようがSIM抜き差ししようが全然改善見られずで、特に何かしたわけでもなく急にそんな感じになってしまったんですよね。

ハード的にイカれちゃったかなーとは察しがついたのですが、8月にもタッチパネルが急にダメになる不具合に見舞われて修理に出したばっかりだったのですよね。
また修理も面倒くさいし、来年3月で2年経過するまではモバイル回線だけで凌げばいいかと思ってそのまま使ってたのですが…先日通信量のアラートが飛んできて、まだ10月も半分なのに6GB近く使ってることが判明。

こりゃあかんってことで、仕方なく、docomoショップに持っていきました。

ショップでセーフモードで試したり、SIM新しく書き直して新品入れてみたりしてもらってもやはりダメ。多分そんなことしてもダメだよねーと思いつつも一縷の望みをかけて見守ってたんですが、あえなく、再修理となりました。

そんなわけで、またまた当分の間、代替機暮らしです。ただ、今回の代替機は同じXPERIAのSO-04Gで、ぶっちゃけ使い勝手なんにも変わらないので、他の端末経験してみるという感じにもならないため、あんまり面白くないですw。まあ、ほとんど何も変わらず使えるって点ではありがたいんですけどね。

何も変なことしてなくて勝手におかしくなっちゃったし、補償サービスにも入ってるので、修理代タダになってくれるのを祈りますが、こう立て続けに壊れると、ちょっとなんだかなーって感じです。
使い勝手は良くて、とても気に入ってる端末ではあるんですけどね。

ではでは。

モバツイ時代の思い出など



ガラケー時代には、私もモバツイ、お世話になりました。

思い出してみると、当時はまだTwitterもPCブラウザかPCのクライアントから使うのがメインで、ケータイのi-modeとかだと使いにくかったんですよね。確か。

そんな中、ガラケーからTwitterを使いやすくしてくれるこのモバツイが出たことで、モバイルでふと思い付いたことをその場でツイートするっていうスタイルが、俄然可能になりました。
ソーシャルサービスの利用シーンが、グッと今の姿に近づいた過渡期だったかと思います。

2007か2008年あたりから、私もそこそこTwitter使うようになってたんだけど、モバツイ使いはじめてからツイートのペースが一時期ギュギュッと加速した覚えがあります。アルディージャのサッカーの試合を実況ぽいことしてみたりね。

その後色々あって余裕が無くなりツイートペースが落ち、そのうちに3年もすると急激にスマホ地代になって自分もスマホにしてからは、別のスマホアプリ使うようになってしまったのですが。

間違いなく、ソーシャルってものの可能性を広げてくれた、素敵なサービスのうちの1つだったかと思います。

ではでは。

Googleフォトのあの日の思い出アルバム届くとほっこりする



スマホで撮った写真は、Googleフォトに突っ込んどくのが、便利です。

子供が産まれてから、ホントに沢山写真を撮るようになりました。年間で数百枚は撮ってますよね。
それまでの人生では、無味乾燥なほどに写真撮る習慣無かったので、実は若いときの写真とか多分2~30枚くらいしか持ってませんから、これほんと、自分でもビックリなのですが。まあ、携帯からスマホにかけて、カメラが物凄く手軽で高機能になった一般論も勿論あるとは思います。

これだけ沢山写真が日々増えると、もはや手動で整理などほぼ無理ゲーに近いですが、Googleフォト使うようになってからは、改めて考えると呆れるほどに楽になりました。
最早Googleフォト無しの生活、考えられないほどに頼ってます。誰かに見せるのも簡単だしね。

何気に好きなのが、時々通知される過去のある日の写真をまとめてくれるアシスタント。
なんだかんだ言って、最近の写真意外は自分ではあまり見返そうという意識が働かないもの。この機能は、忘れてた思い出をふと思い出させてくれますね。
出勤途中に通知されたのを会社で開いて、ああ何年前の今日はそういえば家族でこんなところに行ってあんなこともしたっけな、と。単純に赤ちゃん時代の我が子の写真久々に見るだけでもホッコリして、仕事頑張るぞーっていう気になります。

その辺の機能が強化されたとのニュース、ますます、Googleフォトは手離せないマストサービスになりそうです。
時々、カメラアプリの問題か写真の向きがひっくり返って保存されちゃってることもあるのですが、それを簡単に補正アシストしてくれるのも、何気にポイント高いです。

さあて、明日はどんな息子ちゃんの表情を写真に撮ろうかな(笑)

ではでは。

書き留めるということと、書くということ

日曜日あたりからひいていた風邪が、一昨日あたりから鼻と喉にきて、鼻水は止まらないし鼻詰まりも酷いし、喉が痛くて咳もしばしばという塩梅で、いささかしんどい今日この頃です。
いい加減そろそろ快方に向かって欲しいもの。

ちょっと思い付いたことや、ニュース見て条件反射的に思ったことなど、Twitterになるべくリアルタイムで書き留めるようにしています。昨日から(笑)。
これはもう割りと、ちょっとした意識付けで、目に見えてやるようになるんですね。自分に少しだけビックリ。
8年くらい前にも1度それが出来てた時期があったんですが、当時はPCがメインだったのですね。なので、いざ今やってみると、スマホというパーソナルデバイスがいかに便利なものか、久しぶりに肌感覚として実感しました。

ただ、blogとなると、そうは簡単にはいかないですね。何せ、ある程度まとまった思考を文章にまとめないと、Twitterで全部済んでしまいますから。

あまりにもプライベートすぎる日々のたわいもない出来事を綴った日記だと、SNSのほうが書く場としてはふさわしいと私は思いますし。

まとまった記事に出来るネタを拾えるよう、感度を高めること。それと同時に、ネタを膨らませるためにどうしたらいいか考えるクセを付けること。そんなところが必要なんだろうなと、今日の気付きとしておきます。

あー早く風邪治ってくれい。
ではでは。

地道にコストかけて人生のリターンを得るべし

人間は弱いもので、ほっとくとついつい、コストかけずに面白楽しいことを、優先しがちです。
少なくとも自分は、そういう傾向が強いです。

コストかけずに面白楽しいことは、総合的にみれば、楽しさあるいは達成感だったり、感動のレベルは、ささやかなものです。
それに刹那的で、何も後に残らないか、残ったにしても汎用的な財産にはなりません。

なんだか、それって安上がりなように見えて、実は随分と損をしているんだろうなあ、と。
まあ、実は自分でも十分わかってる話なんですけどね、直視しないようにしてただけで。

コストのかけ方は、色々あるでしょう。
コスト=リスクという考え方もあるかもしれません。
まずは、地道な努力の積み重ね。

そんなことを、ボンヤリ、決めてみます。改めて。

ではでは。