2016年12月11日

「幸せになる勇気」を読み終えて感想など

昨日のエントリーでも少し触れましたが、「幸せになる勇気」を読み終えました。


ベストセラーになった「嫌われる勇気」の続編ですね。



ぶっちゃけ、内容のまとめに関しては、下記の方々のブログにもの凄くよくまとまって紹介されてますので、こちらをお読みになったら十分かと思います。



ということで、自分は今一度感想など。先週の記事に書いたこととあまり変わってはいませんが。

本当に、前著も含めて、とてもいい本だと思います。
アドラー心理学自体、人生を一変・・・とまで大げさには言わないけど、少なくとも物の見方や自分自身の振る舞い方の重要な部分において衝撃的な影響がある思想です。そんなアドラー心理学の基本を、青年と哲人の対話という形式で芝居の脚本を読んでる気分で、スイスイ読めます。

ただ個人的に気をつけたいところとしては、読みやすいしいい本だとは思うんですけど、なんというか読みやすいがゆえに、色んな要素がゴロっと渾然一体になって塊のままドーンと自分の中に入ってくる気がして、しっかり体系的に整理して自分の腑に落ちるまでには、一度しっかり自分でエッセンスをまとめてみたり、他のアドラー本も読んで補完するか、話の筋を暗記するくらいに何度も読み返す必要があります。

対話形式でスイスイ読めるのはいいんだけど、あるテーマについて会話してる流れのままでスルッと別のテーマに議論が流れて展開していくので、読み手がうまくまとまってないうちに次から次と議論のテーマが展開していく速さが追いつくのが大変ですね。個人的にはそうでした。
途中にあまりまとめが無いというか、セリフの一つとしてまとめを語っているものはあるものの、対話の途中にしれっと挟まっていて、すぐ次の話題に行ってしまうため、途中で論点の整理があまりできずに次から次へといろんな話を聞く羽目になり、最終的に何の話だったか、前の方の論点を忘れてしまうんですね。

なお、前著と今著の論点をきっちり整理して比較してみたわけでは無いですが、前著の内容の再説明をしている部分と、前著に書かれていないことの追記なり補完している部分が入り乱れてやってきます。
誤解されがちなところの再説明をまずはテーマに置いた上で、そこだけに留まらず、今一度大枠としてのアドラーの全体像について同じテーマを改めて議論してみたという感じ。

なので、実は前著の内容をみっちり理解してマスターできれば、今著を読む必要まではないとも言えます。あるいは、前著読まずに今著だけ読んでも、用は足りるかも。「上辺だけ観て誤解せずしっかり理解できれば」ですが。

ということで、毎日ブログ書くのもなかなか大変ですが、また折に触れて読んだ本の感想などもまとめてアウトプットしていきたいなあと思います。読書の時間を確保するのも大変ですけどね。
ではでは。
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2016年12月10日

大宮の十日市

大宮の十日市。
結婚して大宮住み始めてから例年、神社謹製の熊手を買うついでに祭りの賑わいを楽しむのが恒例です。

子供が生まれる前はよく、奥さんと二人でブラブラしたもの。
子供が生まれてから、小さいうちはなかなか子供連れて人混みの中歩くのは大変なので、休日なら朝早くに行ってみたり、平日で仕事がある時は、仕事帰りに自分だけ神社寄って熊手買ってきたりと、なんだかんだ毎年行っております。

今年は、休日ということで、午前中から子供連れて行って来ました。ただ、奥さんは風邪が治ってないとのことで、家で待機。子供と自分の二人で車で。大宮第2公園の駐車場に車は停めて歩いて氷川神社まで。

午前中なので、まだそこまでの混雑にはなっておらず。とはいえ休日に当たったお祭りのため、昼頃にはもうかなりの人出になってましたかね。
NACKスタジアムの横のあたりからもう出店が並んでて、あー十日市だなーという雰囲気。
参道ではなく、大宮公園抜けて横から氷川神社入ったので、お参りと熊手買うのはすんなりclear。

ちなみに我が家は、熊手は神社謹製の慎ましい奴にしとく派。いわゆる酉の市って言うんでしょうか、業者が大挙して押し寄せて豪勢な熊手売ってますけど、やっぱり高いし、混んでるし、それに毎年少しずつ大きいのにバージョンアップしてかないとみたいなしきたりも大変だしということで、安定の神社謹製のやつに決めております。業者のやつは綺麗で素敵だなとは思うけどね。

その後、出店で子供にチョコバナナ、自分は大阪焼を買ってきて、大宮公園のベンチで食べました。
あ、ちなみにもう、参堂の方には行きませんでした。もう大分激混み状態臭かったし、もうどんな雰囲気かはこれまでに堪能しつくしたので、子供連れでもあるし熊手買ったらいいやと。出店で賑わってる雰囲気なら大宮公園でも結構味わえますしね。その分、また子供と一緒に動物園楽しんだりして、昼には家に帰りました。

また来年が楽しみですね。
午後は子供と遊んだり、「幸せになる勇気」の本を最後まで読み終えたりしてまったり過ごしました。本の感想などはまた後ほど。なかなか冷静に集中して感想まとめて考え書く時間を取るのは大変ですが。

あーそれにしても、昨日の検査大過なく終わってスッキリした気分で十日市迎えられてホントに良かった。
ではでは。

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2016年12月09日

そんなわけで人生初の大腸内視鏡検査を受けて参りました

健康診断で便潜血反応があったということで、戦々恐々たる思いで初体験。

何やらしんどいしんどいと聞いてましたが、事前に話を聞いたり、ネットで軽く体験談を見たりしたところによると、しんどい場合のポイントは2つ。

・腸の中を空っぽにするために液体の下剤を飲まされるが、やたらくそマズイ気持ち悪いものを2リットルも、しかも2時間以内で飲まなければならず、死にそう。

・内視鏡入れてく時に、何やら人によっては悶絶するほどに痛い

痛いって、どこがどう痛いのかあまり詳しい情報が無い得体の知れなさも相まって、かつて経験のある胃カメラの記憶もあり、検査が決まってから今日までなんとも憂鬱な思いを抱えて過ごしてきたわけですが、それも今日で終わり。勿論、もっと本質的に悪性の腫瘍が見つかったりしちゃったらどうしようというのもあり、ここ一ヶ月あまり微妙に悶々としておりました。

迎えた本番、昨夜は21時以降絶食、夜に錠剤の下剤飲んで寝ろということだったのですが、元から腹が弱い体質に寝る前に下剤なんか飲んで夜中寝れなくなるほどにトイレに籠る羽目になっても嫌なので、下剤は朝飲むことにして就寝。

朝いつもの起床時刻6時半にいつも通り目覚まし鳴ったので、下剤飲む。大概、何もしなくても朝1〜2回、会社着いて1〜2回トイレに駆け込み、便秘とは無縁なので、登院12時までには大体腹も空になるだろうとか思ってたら、今日に限って腹が平穏を保ち、あまりスッキリはせずに登院の羽目に。

仕方無いので、ゲロマズと噂の液体下剤を腹くくって飲みまくるしかないなと思い登院。

受付すんだあと、本来入院患者向けの空き病室に案内され、ここで噂の2時間2リットル一本勝負に気がねなく励めと。部屋にトイレもあり、これは良かったですね、普通の待合室とかだと落ち着かないし、トイレも専有しづらいですからね。

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そしてやってきました、噂のニフレック。誰もがゲロマズと言い、あまつさえ案内してくれた看護士さんからも「美味しくないですよ、頑張ってください」などと紹介される始末の無色透明な憎いあんちくしょう。

一体どれほどにマズイのか?観念して一口グビッと一気に飲んでみる…ん?言うほどマズくはなくね?

味は、塩気が少し濃いポカリ。そこに、そこはかとない妙なエグさ、そして少しネットリ、トロッとした液体。文句無しに美味いとは確かに言いがたいけど、吐きたくなるほどマズイってこともなく、ていうかむしろ、私的にはイケるくち?

というわけで、事前に大分ネガティブなイメージで刷り込みがあったことの反動か、意外なほどに自分にとっては苦もなく飲めました。味もそうですが、2時間2リットルとか普段そんなに飲み物飲む習慣がない人だと量が苦しいというのもあるみたいですが、自分は普段から結構ただの水を日中2リットルくらいは飲んでたりするので(痛風予備軍歴長いのですが水分補給しっかりやれと言われてる)、その点でも特にしんどさはあまりなかったかもなと思います。
調子乗ってクピクピ飲んでたら30分で半分の1リットルくらい飲んじゃったので、逆にペース抑えたくらい。飲んべえのビール飲むペースか。

ということで、iPadで読書しつつクピクピ飲み続けてたら、一時間ほどで遂にお通じ。でも時々腹壊すことも多い自分からすると、まだまだ余裕だなー…などと思ってたら、気がついたら3分に1回ペースでトイレに駆け込む状態に。

一時間半ほどで、大分空になってきたので、看護士さん呼んで状態確認してもらって、一発合格。ちなみに、流し忘れの不慮の事故を除き、あまり人に見られるなんてことないので、確認してもらうのはなんとも恥ずかしいというか気まずいですね。相手はプロとは言え…。

さてさて、その後まだお腹グルグルしてるため、しばし余韻を消化して(消化しすぎて最後は正真正銘の無色透明な水しか出なくなりますね。汚い話でごめんぴよ)、噂のケツのところに穴の空いた紙パンツに履き替え、本番の検査へ。

診察台に横向きに寝転がり、点滴打って鎮静剤を投与され、軽くボーッとしてきたので寝そうなぐらいにリラックスして、さていつ開始の声がかかるだろーとボーッとしてまして、ふとモニター見たら…あれ?いつの間に入ってきたの?なんと気がつかないうちに、しれっと私の大腸の中が画面に映し出されているじゃないですか。まじ全然気づかんかった。

胃カメラだと、入ってくるときに何をどうしてもオエッ!という強烈な抵抗を感じますので、その感覚で考えてたら、あまりにもな気づかれなさに拍子抜けでしたね。

しかも、別に痛いとかも全くない。体のポーズ変えたりすると聞いてたけど、そんな指示もない。なんか途中で1〜2度ほどそれとない体内の違和感は微かに感じたけど、驚くほどに穏やかに淡々と検査は進み、あっという間に終わってしまいました。

気になる検査結果ですが、多分良性なポリープが2〜3個ほど見つかったけど、別に悪性なものでもなさそうで、一応念のため組織採取して検査はするけど、特に今後の治療とか必要になることもないだろう、ということでした。まずは一安心。

ちなみに、いわゆる 痔 っぽいのが肛門にあるので、潜血反応が出たのはそれじゃね?ってことでした。これも大したことは無さそうってことだけど、いやあ、痔かあ…遂に。

そんなわけで、人生初の大腸内視鏡検査。びくびくしながら臨んだものの、特殊例かもしれませんが特にしんどい苦しい痛いということもなく終わり、結果も大過無さそうで、良かった良かったでした。
ではでは。
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2016年12月08日

明日はだいちょうないしきょうけんさなのです

お休みをいただき、病院に行ってきます。
人生初めてです。
なんとも憂鬱ですね。

そういえば、このブログを始めた割とすぐ後に、胃の内視鏡検査して、その時のことをブログに書いてました。こないだ見返ししてて懐かしくなったんだけど、このタイミングで今度は大腸ですかそうですか。

先ほど最後の晩餐しまして、これで明日の検査終わるまで、飯が食えません。検査終わるの夕方やで。
しかも下剤飲みまくって出しまくる必要があるわけですよね。ほっといてもお腹弱くて便秘とは全くと言っていいほど縁が無い自分なのに。こないだの健康診断でバリウム後に飲んだ下剤だけでも、その後5回くらいもトイレに籠る羽目になったのに。

などなど、不安と不安でいっぱいですが、そうは言っても大事な検査。健康診断で便潜血反応が見られたってことで今回の検査なので、願わくば何事も異変が見つかりませぬよう。健康が一番です。何事も経験、男は度胸。

そんなわけで、今日のところは明日に備えてゆっくり寝るです。奥さんも風邪ひいて寝込んじゃったし。
ではでは。
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2016年12月07日

今日は部門の忘年会でして、酔って眠いです。

DeNAさんの謝罪会見とか大変な時で恐縮なんですけども。

まあ、割と早い時間で、一次会で帰ってきますので、眠いけどほろ酔いくらいで、まあ丁度良い感じですかね。なんたって年末ですしね。

明後日は、大腸内視鏡検査ですし、人生初めてですし、健康診断で引っ掛かっての検査ということなのもありますし不安もあるではありますけど、明日からまた頑張ろうかなと思う次第ではあります。

何にも内容が無いようではありますが、眠いので、今日のところはこんな感じで。
ではでは。
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2016年12月06日

キュレーション()的な情報を何故人は好みたがるのか

往々にして人は、真実よりも「自分に都合の良い、一元的で単純化された極論的な情報」を好み、信じたがるからかなあと、思っています。
自分にとってほろ苦い真実をありのままに認めて受け入れることは難しいですからね。

また、YesかNoか、黒か白か、善か悪か というような、単純な二元論を好むというのもありますね。ニュートラルなところに立ち止まれないというか(理解出来ないとまでは言いませんが)。 つまり、あるルールなりに対して「黒ではない」という事実があったときに、だからと言って「白である」とは限らないはずなんだけど、「黒でない」んだから「白ってことなんですよね」と即座に直結させてしまう人、結構多いです。

あと、人は一元的な単一の評価軸で評価を下したがる傾向もありそうです。 質の異なる複数の評価を並列で検討するのは複雑で面倒ですから。
例えば、法律には違反してなくてもモラルというか善良な多くの人の感性的には反してる物事って沢山あると思いますが、結構な割合で人は法律かモラルか、どちらかの評価軸だけをもって総合的な結論を決めたがりますよね。一元的でわかりやすいのを好む 。

こういう多くの人に見られる人間の弱さ的傾向があるゆえに、実はそうしたニーズに愚直に対応して「見られる」ことをシンプルに追い求めた結果のあのキュレーションメディア()の横行であり、またいわゆる「マスゴミ」が幅を効かせるということになってるのかなーと。

あ、あと、人は他人をディスるのが好き、ディスられてるのを見るのが好き、という下世話な傾向も、このことに加担してるかもしれません。

裏を返せば、こうした扇情的ではあるけれど信頼性や正確性の欠如した嘘まがいの情報に踊らされないためには、自分にとってほろ苦い真実でもありのままに認めて受け入れる準備をしておくこと、二元論で性急短絡的に結論を急がないこと、面倒がらずに多角的多面的な評価軸でよくよく検討してみること、他人をディスりたくなる衝動を抑えること、などがコツとして挙げられそうです。

情報リテラシー。自分自身もつい扇情的なタイトルの記事追いかけたがるところもありますし、しっかり出来てるとまでの自信はありませんが、せめて自分の子供にはデジタルネイティブとして踊らされるようなことの無いよう、うまく導いてあげようと思います。

今日のところはこんな感じで。
ではでは。
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2016年12月05日

キュレーションメディア()問題について雑考

昨今盛り上がってて興味深くニュース等は横目でチラチラ眺めてはいましたが、当初自分が予想したよりももっと大きな社会問題化してて、正直ビックリしています。
なんだかんだ炎上しつつも、どうにか上手いことやり過ごして、いくつかの香ばしい記事が削除されて気持ち幾分か監査体制の体裁が整えられつつも、サイト自体はこれまで通り続くと思ってましたので。

医療系については、とりあえず医師法や薬機法(名前変わったの知らんかった恥ずかしい)やらありますし、その辺コンプラとかどこも結構気を付けてるもんだと思ったんですけど、そうでも無いんだなっていうか、むしろ屁理屈的にはあながち明らかに違法とまでは言えないグレーゾーンということで理屈は立ってたんだけど、もはや理屈ではない素朴な良心と、過剰な正義への便乗群衆のうねりに呑み込まれたってことですかね。

本質的には、「キュレーション」という錦の御旗に隠れて、他人の書いたものをうまくパクってコンテンツの安価な大量生産いや粗製乱造のインチキくささに、そこに旨味があることを知りつつもビビって踏み込めなかった人たちに「上手いことやりやがってこんちくしょうめ」とヘイトを集めてたところに、薬機法のことやら素朴な著作権盲信主義者たちの怒りもうまい具合に合わさって、爆発的な炎上につながったということで。

まあ確かに、他人が精魂籠めて?作った著作物的なものを、他人のふんどし的に何も説明もせずうまくパクるなんてことには自分も否定的だし、自分は絶対に加担したくはないとは思います。

ただ、パクりにも功罪はあるかと思っていて、文化の発展なんてパクりの歴史ですし、元の作品への尊敬を忘れずにさらに素敵なものとして醸成させていくようなもの、正々堂々とした二次利用なんかは、全体としては社会の利益となるものも多いですよね。
「キュレーション」なんてのも、元々のピュアな意味合いとしては、雑多で探しにくくてようやく探し当てても今度は内容が知らない人には難解で分かりにくい、ピンと来ない情報ばかりだとハードル高すぎるので、そこを大多数の専門家じゃない人にもある程度分かりやすくかみ砕いてその人の必要な情報に探しやすく置き直してあげるというものが最初にあったと思うので、その理念自体は素晴らしいものだと思っています。

一次情報、信頼性を監査されている専門的に書かれた情報というものは、往々にして知識や前提の足りない多くの人にとっては難解だし、自分が今知りたいシンプルなニーズに対してはピンポイントでは解にならないことも多い。マイクロソフトのヘルプなんかがいい例ですよね、PC疎い人があんなの読んでも到底意味が分からないと思うし、その人の疑問点にピンポイントで効いてくる情報をうまく抽出するにもハードル高いと思いますし。

そんな、情報の完全性、信頼性では秀でてはいるけど、誰にでも直接「解」にはしにくいコンテンツばかりになるのも、なかなか息苦しい世の中になるのではと思ったりもします。

大体、そういう情報を崇拝してできない人を情弱だなんだと問い詰める人って、内心の目的は物知りで頭が良くてすばらしい我等をあがめよ、情弱は我らの前にひれ伏し崇めやがれ的な思想が透けて見えるやつも多いので、それはそれで情報格差の嫌らしい囲いこみみたいで、なんだかなあと思うことも多いです。

元記事をもっと多くの人に分かりやすく面白く価値のある情報に「キュレーション」する自信があるのなら、元記事の作者に敬意を忘れないことは大前提ですが、隠したりせず堂々とパクったらいい。誤解を恐れずに言えば、そんな風にすら思ってみたりします。

肩凝りが幽霊のせいだとか、吉○家アレルギーのすくつみたいな、どう考えてもアレな記事は言語道断ですし多いに反省してほしいですが、多少パクりであっても元記事を更に大衆に分かりやすく良質な読み物に出来ているコンテンツも多々あるんじゃないかなと思います。
単純に全部黒歴史として葬り去るのではなく、そうした記事は元記事作者に平身低頭謝り倒してでも、改めて後ろぐらいところがないように処理をして、今一度陽の目を見せてあげる心意気まで、持ってほしいものです。…とはいったものの、そんなことしたらコストがエライことになるだろうし、無理だろうなあ。

グダグタですが、今日のところはこんな感じで。大きな問題になったので、何か自分でも考えを幾分かでも文章化しとかないとと思ったもので。

ではでは。
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2016年12月04日

息子ちゃんが熱を出してしまったので本を読む

昨日、寒空の中イルミネーション見てテンション上がってはしゃぎすぎちゃったからなのか、息子ちゃんが熱を出してしまいました。朝起きたときはいつも通り元気だったんですけどねえ。

まあ上がっても37度台で留まってくれてるので、インフルエンザとかそういう大変なものでは無さそうですが、元気も無いし寒がったりしてたし食欲も無し、今日は1日外出はせず、家で休むことに。
日中も寝てたり、起きてても布団にくるまって大人しくテレビ見てたりなので、様子は見てあげつつ、いつもより手持ちぶさたなので、先週の研修の振り返りをしたり、本を読んだりして、こちらもまったり過ごしました。

ちなみに、読んでた本は「幸せになる勇気」。アドラー心理学を青年と哲人の対話形式で描いてベストセラーになった、「嫌われる勇気」の続編ですね。


まだ2章までしか読み終えてませんが(それでも今日の二時間ほどで本の半分くらいまで読んだのかな)、確かに、前作でなんとなくわかったような気にはなったけどまだ腹落ちしてないような部分の理解が、より強化されていく感じがします。
私がここで書くほどのこともありませんが、対話形式で分かりやすいし、スラスラ読みやすくあっという間に引き込まれてしまうので、いいですね。

ただ、対話形式の構成の特性上、特にまとめなどがなく、議論が勝手にどんどんあちこちに目まぐるしく展開していくため、しっかり身にするには、自分なりに学びや気付きを体系立ててまとめて振り返っとく必要はありそうです。私も前作読んだけど、そこまではしてなくて、他のアドラー関係の本との合わせ技でなんとなくわかった気にはなってましたが、いざ論理的に何か説明してみろとか言われても出来ないレベルにしかなく。まあ読んだ本を自分なりにまとめて振り返ってみるとか、そんな習慣が無かったからってことなんですけどね。

そんなわけで、読み終わったらこのブログででも、ざっと振り返ってまとめてみようかとおもいます。書評ってほど偉そうなもんでは無いですが。
ではでは。

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2016年12月03日

さいたま新都心のイルミネーション

今年の冬は寒くなるのが早いですね。

というわけで、やっと12月になったばかりですが大分冬も本格的になってきた気分ということで、さいたま新都心のイルミネーションを見てきました。冬の風物詩と言えばイルミネーションまたの名を浮かれ電飾ですからね。

今の家に引っ越してから毎年、12月クリスマス近くなると、イルミネーション観るのが習慣になってます。小さい子供は喜びますからねー。

ちなみに昨年などは、けやき広場(スーパーアリーナのほう)でミニ蒸気機関車が走っていて、鉄道好きなうちの子供には最高だったんですが、今日は走ってなくてガックリ。いつもはもう少し遅く、クリスマス近くなってから行ってたので、今年はちと早く来すぎちゃったのかも。

仕方ないので、コクーンの方に向かって歩く。コクーンもかなり綺麗に電飾してあって満足。ついでに子供の遊具広場で息子ちゃんはひとしきり暴れまくって、最後にコクーンで晩飯食べて帰ってきましたよ。

ま、そんな他愛もない休日の1コマ、今日のところはそんな感じで。寒い中長い間外にいて結構歩いたため疲れたのかエライ眠いw
ではでは。

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2016年12月02日

リーダーシップとはなんぞや的な研修を受けてきました

昨日今日と、社外でまるっと2日間、チーム作りとリーダーシップとはなんぞや的な研修を受けてきました。

今年の冬にも1度、同じリーダーシップ関係の研修を受けたことがあるのですが、前のやつは「7つの習慣」をベースにビジョンの重要性や計画など理念や理論的な部分がメインだったのに比べ、今回のはチームビルディング、コミュニケーションや信頼関係の構築など、より具体的かつ実践的でメンバー間の関係性の調整にどちらかというと比重を割いた内容で、また新たな気付きを得られたかなと思います。

印象に残ったというか、自分に足りない、役立ちそうと思ったところを、今のうちに記憶引っ張り出してメモ。

  • チームのステージング、タックマンモデル。形成期、混乱期、統一期、機能期、散会期。ステージングごとにポイント、リーダーの気を付けるべきところは異なってくる。日々チームの状況は変わるので、状況を的確に把握し、振る舞いを調整する。
  • コミュニケーション大事なのは当然。そのベース作りとして、何気なく相手のことを肯定的に認識していることを(気にかけていること)をこまめに伝えて積み重ねる「ストローク」大事。
  • 信頼関係構築の要諦は、「好かれなくても良い」から、「嫌われないようにする」こと。信頼を積み重ねるのは急激には出来ず日々小さな積み重ねしかないが、信頼を損ねるのは一瞬なので。
  • コツとして「Yes,but」ではなく「Yes,and」。
  • まずは相手(部下、利害関係者)の話をしっかり聞いて正確に理解し、それを相手に認識してもらうこと。共感。なお、同情や同調ではないし、同情や同調はしてはいけない。ただあるがままに理解して判断はニュートラルにしておくことが肝心。
  • その上で、理解し共通認識とできた事実に対して、目標・理想とのギャップをどう埋められるかを、一緒になって考える。自分が全部解決しようとしなくていい、ていうかそれは間違い。

とかとか。

昨日今日聞いたやったばかりのことなのに、もう既にチラホラ記憶が抜けてる部分がありますね。ガーン。明日にでもまた、テキスト読み返して復習しとこうと思います。

アドラーさんの課題の分離その他もろもろや、7つの習慣もリンクさせながら考えると、なるほどなあと理解が深まるところも沢山ありそうです。ま、時間管理のマトリクスとかも研修に出てきたしね。
講師の方もすごく楽しくリラックスできる雰囲気だったし、話も分かりやすくポイント押さえた講義だったので、素敵な2日間でした。

ものすごくざっくりした感想ですが、今日のところはこんな感じで。ざっくりでもなんでも、学びをすぐに文章に自分の言葉でまとめるなんてこと、今まで自分にはあまり無かった試みなもので。
ではでは。

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2016年12月01日

(少しは)安心してください、17時台の帰りの電車もきちんと混んでる日本ですよ

今日は1日社外の研修で、17時で終了したので、結構早く帰宅でした。

で、いつもより二時間くらいは早く、17時台の埼京線に乗って帰ったわけですが、こんな時間でも仕事帰りの人で、電車結構混んでるんですよね。

17時台ですから、そもそも終業が17時とかの人たちなんでしょうが、要するにノー残業でスッキリ帰っている人たちが、そんだけ世の中にはいるってことなんですよね。ちなみに学生かとも思いましたが、スーツ姿のサラリーマンやOLさんもきちんと多かったです。

ネットのニュースとか見てると、電通の件みたいに残業しすぎで自殺やら過労死やら、またブラック企業の過酷な実態がいかに悲惨かというような話題が沢山目に入ってきて、まるで日本は残業大国、誰も彼も長時間残業で魂すり減らしてる日本死ね、みたいな感じについ思ってしまいがちなんですが、実際17時18時でサクッと帰れてる人たちも沢山いるわけですね。

目に見える1面だけ見て、あたかも世の中の全てがそうなんだとうっかりゼロサム極論的に単純化しすぎてしまうことってあるので、色んな視点から多角的にものを見て、冷静かつ客観的に事実を認識するよう努めることって大切だよなあ…などと、帰りの電車の中でボンヤリ思いました。

もちろん、きっかり定時に退社して帰る人も沢山いれば、3時間4時間残業当たり前で毎日が終電待ったなし、みたいな人も同様に沢山いるんでしょうし、その中でもいわゆるブラックみたいにやむにやまれず思考も停止してボロボロになるまで受動的に働かされてる(と思ってる)人もいれば、好き好んで仕事が生き甲斐または趣味いやいっそ空気吸うのと同じですってくらいな人もいるわけです。
要は、そこの格差感が、ネットなどの発達によりリアルにおいて自分の属するコミュニティ・コモンの外の人たちの姿もよく見えるようになって、様々な軋轢が急激に増えたということなのかもしれませんね。それが良いとか悪いとか、そういう議論もなんかなとも思いますが。


そんなわけで、今朝は新宿で研修で特別なのに、雨のせいで普段乗らないバスに乗ったら案の定大幅に遅れた上に遅刻ギリギリと思われたので湘南新宿ラインに飛び乗ったつもりが上野東京ラインで新宿停まらないため無駄な乗り換えもするはめになって朝から疲れました。湘南新宿と上野東京ライン紛らわしいんじゃ。

ではでは。
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posted by tacryan at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Thinking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする