2009年10月20日

Twitterでもブログでも継続するといいことがあるかもしれないと自分が思う3つのポイント

ふとたまに自分の過去のブログ記事読んでみると、意外と「こんなこと考えてたのか」「いいこと考えてたんじゃん、過去のオレ」みたいに改めて色々発見があったり、「この感じ忘れてた、気持ちを改めて頑張ろう!」みたいな気持ちになることがあるんですよね。

Twitterなどのサービスもしかり。イマイチ何がどう楽しいのか、あんまり知り合いもいないので誰かとコミュニケーションを取るということもそんなに無く、とりあえず流行ってるから使ってみようぐらいな気持ちでだらだらやってたんですけど、それでも180件でもログがたまると、たまに見返してみたときに、「おおそういえばちらっとだけどそんなアイデアを考えてたっけ、改めて考えてみようか」といった小さな発見もあったりします。

つまり、とりあえずなんでも適当でもいいので、そのときその日に考えたことを気軽に書いておくだけで、後から自分用に色々考え直してみるいい材料になったりする。その点だけでも、ブログやらTwitter続けてみる価値はあるのかなと、ここ数日思うようになりました。

勿論、それだけならわざわざインターネットで公開して書く必要は無く、メモ帳でも日記でもなんでもいいわけですが、一応こうしてどこの誰が目にするかもわからない公開の場で書くということの効能はあって、(別に多くの人の目に触れるわけではなくても)一応「他人に見せる」ということを意識すること、その過程で自然と自分の考察が検討されたり、文章の推敲の必要性が出てくるわけです。

つまり、自分のアイデアを練るとか、それを他人にどう表現するのかといった脳みその訓練が、程度の大小はあれど、自然と意識される作用があるわけで、それってほんのちょっぴりであっても、何も書かない・やらないよりは、ずっと自分に役に立つ部分はあるのかなとも思うのです。
まあ、あまり堅苦しく考えすぎても何も書けなくなっちゃいますが、とりあえずこれが第二のポイント。

で、最後のポイントですが、こうしていささかでも自分の思考だったり情報をインターネットで公開することで、もしかしたらどこかの誰かに、何かで役に立つことも可能性としてはゼロではないかもということもあります。

別に大したネタを書いてるわけではないし、このエントリーだってこれまでに沢山の素晴らしい方々があれこれと主張されてきた効能を自分の拙いまとめにしてるだけかも知れませんので、万人に役立つ情報であるとか威張るつもりは全く無いのですが、それでも全く書かずに自分の中にだけ秘めておくのと、拙いなりにも世の中に公開するのとでは、大きな違いがあるのかなとも思うのですよ。だって、0と1の違いと、1と2の違いでは大きな違いですもんね。

そういうわけで、改めてまた、モチベーションを高めてみたりする今日この頃です。

ちなみに、Twitterとかで活躍されてるみなさんって、やっぱり軽く千とか万とかつぶやき数あるんですよね。とりあえず、どういう形であっても色々数多く発信するのって、このネット時代においてはメリットってあるんでしょうね。つぶやき数180なんて全然甘っちょろいなと、改めて、つくづく。
posted by tacryan at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | Social Media/Community | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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