2006年05月10日

生と死、その意味を

今朝、いつものように仕事に行くため電車に乗ってたんです。

席に座ることができ、ウトウトと、あ、どこかの駅に着いたなと
思っていたら、突然ゴコッというような妙な振動を感じると共に、
列車が急停車。

警笛とも違う異様な、けたたましく響き渡るサイレン。

後で知ったんだけど、ホームにある緊急非常停止ボタンを押した
ときに鳴る音だったらしいんですが

社内放送で、
「当駅で人身事故が・・・」

人身って・・・え?
この電車?

向い側、下りの電車が移動した後、血相変えた駅員の人たちが
何人も線路に飛び降り、電車の下を覗き込みながら走り回っていて・・・
ふと、一人の駅員が、自分の座ってる席の斜め右後方2〜3メートル
ぐらいのところで、怒鳴ったんですよね。

「いたいた!!発見!!!!」、と。

やがて、怒号の飛び交う中、駅員や駆けつけた救急隊員、警察の
人たちが僕の見ているすぐ外の線路に集まってくる。手にはみな、
大量の白い布や担架、ブルーシートなどを持ち、何人かが僕の
乗っている車両のすぐ下に潜り込んでいく。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060510-00000056-mai-soci

なんといっても一番、生生しく感じたのが、暗い緑色をしたビニールシートが
運ばれてきているのを知ったとき。手術着なんかでよく使われているのと
同じ色のアレなんですが、要は・・・飛び散った時に一番精神に与える
ショックを和らげる色らしいんですよね。

・・・この時点で、一部電車のドアが開き、外に出れるようになって
いたので、電車遅延で遅刻する旨会社に連絡しなきゃいけないことも
あり、自分も電車から降りました。

・・・いや。

正直なところを言います。
それ以上、その席に座って居ることが、耐えられなくなったんだ。
だって、自分の居る場所の目と鼻の先で、電車からは件の緑色のシートに
視界を遮られることも無く、明らかに被害者の方の搬出されるところが
目撃可能な位置だったから。

ただ、ホームに降り、騒然とした空気の中やがて被害者の方の搬出が
完了して、遂に当該列車が移動していったぽっかり空いた線路、どうにも
ならない衝動で線路に近寄ってみた。
平凡な日常の中で突如訪れた悲劇の痕跡。最悪の想像よりは大分
おとなしいと言うと語弊があるというか、ただまあ、かなり常態に近い
ものではあったと思いますが、線路の枕木などに、何十メートルかに
わたり、やはりところどころ残っていて。

最後、その場にいた駅員さんが、他の格下らしき駅員さんに発した指示を
聞いてしまったのですが、

「花買ってきて」

この一言が、あまりにも目の前の現実というか、やりきれなさ
みたいなものを象徴しているようであり・・・

被害者の方は、若い女性の方であったようです。

自分が居た、すぐ下で。
一つの命が、天寿を全うしたという言葉とは、恐らく
あまりにもかけ離れた過ぎた形で、
失われていったのだという。。。

普段は、ロクに考えてもいない、あるいは目を背けているだけ
なのか、即ち「死」とは、実は当然のごとく今の「生」と隣り合わせな
ものであると。
そして、だからこそ、今日、今、この時を
自分がこうして生きている、生きていられるという意味について、ね。

自分がその場に居合わせたということから来る、
一過性の都合の良い感情なのかなんていう風にも自問自答は
あるのだけど、ともかく今日、今は、被害者の方のご冥福を、
心の底から祈りたいと思います。

合掌










posted by tacryan at 23:27| Comment(1) | TrackBack(0) | Thinking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
そんな事があったのですね…

ほぼ同じ時間に同じ電車に乗ってるはずなんですが、知らないなぁ…と思っていたら…
私、昨日は徹夜でした!
Posted by しのみあ at 2006年05月11日 12:53
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