PANDORAにアクセスできなくなったことがショックで色々書いてみる

先日、ふとしたきっかけで「PANDORA」っていう、US産のインターネットストリーミングラジオのサービスを知りまして。
とても最近のお気に入りだったんですね。

はてなブックマーク - Pandora
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.pandora.com/

どういうサービスかっていうと、自分の好きなアーティストや曲を検索窓みたいなのに入力すると、そのアーティストの曲はもちろんのこと、似たような曲調の他のアーティストの曲を自動的に検索して次々に流してくれるというサービスだったのですね。

USサイトなので、曲は洋楽限定になるんだけど、これがなかなかイイ。
CDやなんかだと、自分でお気に入りの曲を編集してみたり、大容量プレーヤーに全部保存してランダム再生とかしないと出来ないし、そもそも音源を自前で確保しなければならない。
かといって、普通のラジオだと、自分の好みの曲がいつもいつも流れてるわけでもないし、番組だって時間に縛られちゃう。
放送局ごとにある程度のジャンル分けできるかもしれないけど、それだってかなり範囲が広くなっちゃうわけで。

その点、このサービスは良かったです。興味がある傾向のアーティストや曲を勝手に自動的に集めてきてくれるもんだから、その時の気分に合った曲、しかも自分の知らないアーティストの曲も次々流れてきて、好みの曲探しにも使えるし、なんたってBGMに最適。
つい2~3週間前に知ってからは、ほぼ毎日のように使ってたんですよね。

・・・が、しかし。

本日、サイトにアクセスしてみると、いつものチャンネルの読み込み画面がいくら待てども出てこない。よくよく画面を見てみると、何やら「Dear Pandora Visitor」とか言って、手紙のような文面が書いてあって、つらつら読んでみると、↓のような文章が。

「・・・we can no longer allow access to Pandora for most listeners located outside of the U.S・・・」

はあ。「アメリカ国外からのアクセスはこれ以上認められない」ですか・・・

_| ̄|○
実はオイラがサービスを知ったころより既に、サイトの右上に何やら悲壮なメッセージが表示されてたのに、ちょっとしてから気づいてはいたんですよね。

で、興味があっていろいろ調べてみたら、どうやらやっぱり、音楽配信の権利関係で、アメリカのRIAA(日本で言うところのカスとか何とかラックとかいううんざりする権利団体みたいなもん)から目をつけられてるみたいで。
それはPANDORAに限らずインターネットラジオ全体がそうらしいんだけど、とにかくアメリカ国内でインターネットラジオに対する著作権料の課金が、通常の電波ラジオの4倍にも引き上げられるとの法案が出来ちまった関係で、サービスの提供が困難な状況に陥りそうなんだということみたいでした。

それは知っていたけど、いざこうしてサービスが使えなくなってしまうと、かなり気に入っていただけに、やっぱり凹みますねぇ。。。
しかも、サービス知ったばかりだったしね。。。

ま、確かに、CDやDVDのリッピング関係の問題や、海賊版の問題、P2Pでのファイル流通など、違法コピーがらみの問題も非常に最近では問題になってるから、どうなんだろうとはチラッと思ってましたが。

でもなあ・・・PCという非常に高機能な私的複製ツールが大衆に一般化されたこと自体は、単なる時代の流れであって。
それに伴い、コンテンツの流通の仕方が劇的に変わってるところに、そういう権利関係というか、そういった権利から利益を得ている人々の財産権を確保する仕組み(もっと悪い言い方をすれば、コンテンツを創造してくれるアーティストの方々と、コンテンツを楽しむ一般人との狭間に割り込んで利益を貪る輩どもの利権を守る仕組み)の整備が追いついてないからだいうのは、今更おいらなんかが言うまでもないことであって。
でも未だにこういうことが起こりえるというのは、正直やり切れん気持ちもあるわけです。

ちなみに、漠然とではありますが、個人的な考えをここで軽く書いてみたりしてみよう。

そもそも芸術なんてものは、原始~古代まで遡れば、普通の暮らしの中で楽しみを得るために普通の暮らしをしてる人々の中から、そういう能力に長けた人が金銭的な欲求とは無縁に作り出してきたものであって、それは民間の民謡だったり民話だったり民芸だったりするわけだけど、そこには金銭的物質的な利益を得ようとかそういう意識は、本来的には介在せずに生まれてきたものだと思ってます。

そこに、社会として「富」や「支配するもの・されるもの」という概念が出来てくるにしたがって、芸術は次第に富裕層・支配階級の娯楽として占有・特化されてくるようになってくる。で、一部の上流階級が、自分たちの楽しみのために、芸術家に物質的な対価を与え始めることで、芸術で利益を得ると言う概念が生まれてきたものと思います。

で、さらに時代が進み文明が発達して、文明の恩恵(=生死を掛けてまで生産活動に従事せずとも良くなってくるほどのゆとりが生まれるということか?)が社会の大部分まで浸透してくると、一般大衆も芸術を楽しむ余裕が生まれてきて。そこで、金持ちではあるけどごく少数の気まぐれな人を相手にするよりも、圧倒的に多数の大衆からちょっとずつでも対価を得たほうが、全体としては利益を得られる仕組みの実現が可能になったところで、一気にまた芸術を享受する層が全体に広まっていったと。

ただ、公衆送信や複製の手段自体は、未だに専門の企業・団体が独占している専門技術であって、一般大衆は情報を即時的に見たり聞いたりするツールは与えられたものの、自分での公衆送信や複製のためのツールはまだまだ幼稚なものしか使えなかった時代が、前世紀ごろのお話だったわけですな。で、現在における権利って概念の法律的な整備というものが整理・確立されたのも、この頃のお話だったわけです。

それこそが、現在の著作権絡みで色々問題になってるところの原因かと。

歴史の流れで考えてみると、芸術というもの(とそこから生み出される価値)が一般の生活の中から、上流階級の寡占状態に吸い上げられて、宮廷芸術的な爛熟を見たところから、今度は文明の発達に伴い再び一般の生活の中に還元されてきた。しかもそれは、現在でもまだまだ一般の生活に浸透していく途中であって、最終的には完全に芸術が一般化してしまうのではないかと、考えてみたりするのです。
つまり、究極的には、個々の人間が独立してダイレクトに社会全体にコンテンツの発信が可能になり、また単位あたりでは小額でも、社会全体の圧倒的多数の単位集団から自前で直接に対価を収集できる程の技術革新まで到達すれば、即ち、コンテンツの発信者と受信者が洗練されたコンテンツの授受を直接的にできるようになれば、その間に介在する何者も必要とはされなくなる世の中が、いずれ到来するのではないかとも思うのです。それは願望でもなんでもなく、歴史の必然としてそうなのであって。

だとすれば、そういったコンテンツから利益を得る仕組み、またそれを法的に体系付け、守るべきものを守る仕組み自体も、ドラスティックに変わっていかなきゃならんのではないかとも思ってみたり。
著作権の保護期間が50年がいいとか70年がいいとか、そんなことは最早、枝葉末節の議論であって、本当に切実に考え直さなきゃならん議論ってのは実はそんなところには無く、もっと本質的なところにあるんじゃないの?とか。

ま、これ以上はオイラも専門的にコンテンツビジネスに携わってるわけでもないので面白いことも語れないし、今書いたことも既に散々論じられてることを、オイラが自分の考えの整理あるいは備忘録的に書いただけに過ぎないので、大して面白いこともいえなくて恐縮なんですが ^^;

ふと、PANDORAのことでショックだったもので、つい。


この記事へのコメント

  • tacryan

    >あめふらしさん

    やあ、おひさしぶり~。
    社会保険とかの関係よりは難しくないですよー。

    テレビが「2ちゃん」?
    いいじゃないですか「2ch」でwww
    2007年05月09日 23:40
  • あめふらし

    むじゅかすぃー。。。

    メリケンのサービスですか?すごいですね。
    自分なんか田舎に住んでると、オンタイムでネットでTOKIOの情報が見れるだけで、、、
    すげー便利って思っちまう。。。

    テレビ民放2ちゃんしか映らないんで。。。
    2007年05月08日 23:36
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