「shortnote」的な何か、シンプルに書くことを習慣として

なんかこう、Bloggerさんの記事みたいに、見出しとかちゃんと付けて分かりやすくカッコいい記事書きたいなと思うんですが、スマホアプリだとそんな工夫何にも出来ないのですよね。平日の夜はPC起動すらしてないし、まさか仕事中に…ゲフンゲフン。

まあ、無いものねだりしても無いものは無いですし、よほど時間がある時にでも凝った記事はチャレンジしてみるとして(ネタ集めて練り込んで書く準備は常日頃から意識しとく)、平日は気持ち良く風呂を堪能しつつ、のんべんだらりと平文で戯れ言など書きなぐるスタイルで当面は行こうかなと思います。

「shortnote」ってサイトがあって、ブログみたいな、はてなの増田みたいな、あるいはコミュニティみたいな投稿サイトですね。で、そこに書かれている色んな皆さんのテキスト、あれ読んでると自分の文章とシンパシーを感じます。

このブログでもたまに調子が出てくると、なんとも下らないけど勢いだけはある妙なテンションのテキスト書き上がることあるんですが、shortnoteに上がってる文章、まさにそんな感じ。しかも、自分の駄文と比較するのもおこがましいほど、クオリティが高い。

クオリティって言ったけど、別に自分も体系立てて文章術など勉強してるわけでもないので、理論的に何がどうクオリティなのかわかってるとも言いがたいんですが、とにかく何か、書いてあることはホントにどうでもいいことしか書いてなかったりするんだけど、何故か読んでしまう、読まされてしまう勢いがあるというか。

自分が目指しているところも、その辺が1つのビジョンなのかもしれません。あるいは、もし自分が高校生くらいのころから何がしかテキスト書くということを習慣にしていたら、今ごろはshortnoteに集うネイティブ物書きな皆さんと同じようになっていたかもしれないなあと。

残念ながらそんな習慣など身に付かず。というか正確に白状すれば、年に1〜2回レベルで時々一念発起してアイデアノートみたいなのに雑考まとめることを習慣にしようと青臭く思い立ったりするんだけど、ことごとく3日も続かない坊主でやめてしまってパチンコやらゲームやらの怠惰に逃げるクズ人生な時期も長くて今に至っておるわけで、

その辺やっとここ1〜2年になって、客観的に自分と言うものを知れるようになってきた、認めて受け入れることが出来るようになってきた、かも、ですね。芝居の脚本書いてみようとしてものの大学ノート10ページならないくらいでぶん投げたりとかね。20代のころの自分自身の、若さゆえの過ち的な。

まあ、気負うつもりもありませんが、shortnoteとか見てると単純にああ、こんなのもいいよな、と思いますし、きっと何か書く、書いて吐き出すってのは、適度なら精神にも脳みそにもいいことだとも思うので、ゆるゆると今度こそは続けたいなあなどと、風呂に入りながら書き散らしてみるのです。

今日のところはこんな感じで。ああ風呂はホントに気持ちが良い。あ、長風呂だ、またしても。
ではでは。

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