キュレーション()的な情報を何故人は好みたがるのか

往々にして人は、真実よりも「自分に都合の良い、一元的で単純化された極論的な情報」を好み、信じたがるからかなあと、思っています。
自分にとってほろ苦い真実をありのままに認めて受け入れることは難しいですからね。

また、YesかNoか、黒か白か、善か悪か というような、単純な二元論を好むというのもありますね。ニュートラルなところに立ち止まれないというか(理解出来ないとまでは言いませんが)。 つまり、あるルールなりに対して「黒ではない」という事実があったときに、だからと言って「白である」とは限らないはずなんだけど、「黒でない」んだから「白ってことなんですよね」と即座に直結させてしまう人、結構多いです。

あと、人は一元的な単一の評価軸で評価を下したがる傾向もありそうです。 質の異なる複数の評価を並列で検討するのは複雑で面倒ですから。
例えば、法律には違反してなくてもモラルというか善良な多くの人の感性的には反してる物事って沢山あると思いますが、結構な割合で人は法律かモラルか、どちらかの評価軸だけをもって総合的な結論を決めたがりますよね。一元的でわかりやすいのを好む 。

こういう多くの人に見られる人間の弱さ的傾向があるゆえに、実はそうしたニーズに愚直に対応して「見られる」ことをシンプルに追い求めた結果のあのキュレーションメディア()の横行であり、またいわゆる「マスゴミ」が幅を効かせるということになってるのかなーと。

あ、あと、人は他人をディスるのが好き、ディスられてるのを見るのが好き、という下世話な傾向も、このことに加担してるかもしれません。

裏を返せば、こうした扇情的ではあるけれど信頼性や正確性の欠如した嘘まがいの情報に踊らされないためには、自分にとってほろ苦い真実でもありのままに認めて受け入れる準備をしておくこと、二元論で性急短絡的に結論を急がないこと、面倒がらずに多角的多面的な評価軸でよくよく検討してみること、他人をディスりたくなる衝動を抑えること、などがコツとして挙げられそうです。

情報リテラシー。自分自身もつい扇情的なタイトルの記事追いかけたがるところもありますし、しっかり出来てるとまでの自信はありませんが、せめて自分の子供にはデジタルネイティブとして踊らされるようなことの無いよう、うまく導いてあげようと思います。

今日のところはこんな感じで。
ではでは。

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