シャワー浴びてる最中にハッと気付いた真理?のようなもの

結局あらゆる関係性において、最大にして唯一の到達点は、「当事者同士での合意に至れるかどうか」ということだ。当事者同士の調整によってどうしても合意に至らなかった場合にのみ、過去の事例を元に決め打ちで立法された法律に基づき、司法によって強制的な合意点が弾き出され、それを行政が実力で執行することで、有無を言わされぬ社会的合意を無理やり生み出すだけのこと。

ちなみに、「当事者同士での合意に至れるかどうか」の前段階として「当事者双方が相手方のことを正確に理解できるか」ということがあり、そのためには「当事者双方がそれぞれ自分のことを正確に相手方に伝達できるか」ということがさらに前提になってくる。そしてそのためには、さらに遡って「当事者双方がそれぞれ自分自身のことを正確に認識し把握している」ということも必要になる。

とても基本的なことなんだろうが、それゆえ明確に認識することが出来てないことも事実で、だからこそ人は迷い、判断を誤る。この基本を常に踏まえて芯をぶらすことなく冷静に物事を見ていけば、問題がどこにあるのか、相応に分析し対応出来るのではなかろうか。



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