2007年10月15日

またTBSか^^;

TBS「アッコにおまかせ」の初音ミク特集に批判相次ぐ - ITmedia News
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/15/news008.html

にしても、ネット界隈の空気読めてないにも程があるね。ま、彼らもネットの人々は嫌いだろうからな。いっそのことTBS改めKYBSにでも改名したらいいんじゃない、なーんてwww ああ・・・言っちゃった^^;

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2008年01月08日

NHKですら且つこうである、いわんや民放をや

Life is beautiful: 「コンピューターはうそつかないので見逃さないで済む」らしい

デジタルディバイドの話であると同時に、情報伝達論やマスメディア手法に関する話とも読めた。

単純化してしまうと伝達に多大な誤解が生じてしまうリスクがあるけれど、そうかといって具体的に書いても一般人は読んでくれないし記憶にも残らないわけで。言葉を正しく使って相手に正しく伝えることと、わかりやすく伝えることを両立させるのは、難しいんですよねぇ(´・ω・`)

posted by tacryan at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Media | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

意外にコレいけますよね

ナプキンを広告メディアにした『NapAds』 | 100SHIKI.COM

アイデアと言うか着眼点はいろんなところにあるもんですなあ、と、改めて思う。毎日の生活も感度を上げてかないと。

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2016年12月05日

キュレーションメディア()問題について雑考

昨今盛り上がってて興味深くニュース等は横目でチラチラ眺めてはいましたが、当初自分が予想したよりももっと大きな社会問題化してて、正直ビックリしています。
なんだかんだ炎上しつつも、どうにか上手いことやり過ごして、いくつかの香ばしい記事が削除されて気持ち幾分か監査体制の体裁が整えられつつも、サイト自体はこれまで通り続くと思ってましたので。

医療系については、とりあえず医師法や薬機法(名前変わったの知らんかった恥ずかしい)やらありますし、その辺コンプラとかどこも結構気を付けてるもんだと思ったんですけど、そうでも無いんだなっていうか、むしろ屁理屈的にはあながち明らかに違法とまでは言えないグレーゾーンということで理屈は立ってたんだけど、もはや理屈ではない素朴な良心と、過剰な正義への便乗群衆のうねりに呑み込まれたってことですかね。

本質的には、「キュレーション」という錦の御旗に隠れて、他人の書いたものをうまくパクってコンテンツの安価な大量生産いや粗製乱造のインチキくささに、そこに旨味があることを知りつつもビビって踏み込めなかった人たちに「上手いことやりやがってこんちくしょうめ」とヘイトを集めてたところに、薬機法のことやら素朴な著作権盲信主義者たちの怒りもうまい具合に合わさって、爆発的な炎上につながったということで。

まあ確かに、他人が精魂籠めて?作った著作物的なものを、他人のふんどし的に何も説明もせずうまくパクるなんてことには自分も否定的だし、自分は絶対に加担したくはないとは思います。

ただ、パクりにも功罪はあるかと思っていて、文化の発展なんてパクりの歴史ですし、元の作品への尊敬を忘れずにさらに素敵なものとして醸成させていくようなもの、正々堂々とした二次利用なんかは、全体としては社会の利益となるものも多いですよね。
「キュレーション」なんてのも、元々のピュアな意味合いとしては、雑多で探しにくくてようやく探し当てても今度は内容が知らない人には難解で分かりにくい、ピンと来ない情報ばかりだとハードル高すぎるので、そこを大多数の専門家じゃない人にもある程度分かりやすくかみ砕いてその人の必要な情報に探しやすく置き直してあげるというものが最初にあったと思うので、その理念自体は素晴らしいものだと思っています。

一次情報、信頼性を監査されている専門的に書かれた情報というものは、往々にして知識や前提の足りない多くの人にとっては難解だし、自分が今知りたいシンプルなニーズに対してはピンポイントでは解にならないことも多い。マイクロソフトのヘルプなんかがいい例ですよね、PC疎い人があんなの読んでも到底意味が分からないと思うし、その人の疑問点にピンポイントで効いてくる情報をうまく抽出するにもハードル高いと思いますし。

そんな、情報の完全性、信頼性では秀でてはいるけど、誰にでも直接「解」にはしにくいコンテンツばかりになるのも、なかなか息苦しい世の中になるのではと思ったりもします。

大体、そういう情報を崇拝してできない人を情弱だなんだと問い詰める人って、内心の目的は物知りで頭が良くてすばらしい我等をあがめよ、情弱は我らの前にひれ伏し崇めやがれ的な思想が透けて見えるやつも多いので、それはそれで情報格差の嫌らしい囲いこみみたいで、なんだかなあと思うことも多いです。

元記事をもっと多くの人に分かりやすく面白く価値のある情報に「キュレーション」する自信があるのなら、元記事の作者に敬意を忘れないことは大前提ですが、隠したりせず堂々とパクったらいい。誤解を恐れずに言えば、そんな風にすら思ってみたりします。

肩凝りが幽霊のせいだとか、吉○家アレルギーのすくつみたいな、どう考えてもアレな記事は言語道断ですし多いに反省してほしいですが、多少パクりであっても元記事を更に大衆に分かりやすく良質な読み物に出来ているコンテンツも多々あるんじゃないかなと思います。
単純に全部黒歴史として葬り去るのではなく、そうした記事は元記事作者に平身低頭謝り倒してでも、改めて後ろぐらいところがないように処理をして、今一度陽の目を見せてあげる心意気まで、持ってほしいものです。…とはいったものの、そんなことしたらコストがエライことになるだろうし、無理だろうなあ。

グダグタですが、今日のところはこんな感じで。大きな問題になったので、何か自分でも考えを幾分かでも文章化しとかないとと思ったもので。

ではでは。
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2016年12月06日

キュレーション()的な情報を何故人は好みたがるのか

往々にして人は、真実よりも「自分に都合の良い、一元的で単純化された極論的な情報」を好み、信じたがるからかなあと、思っています。
自分にとってほろ苦い真実をありのままに認めて受け入れることは難しいですからね。

また、YesかNoか、黒か白か、善か悪か というような、単純な二元論を好むというのもありますね。ニュートラルなところに立ち止まれないというか(理解出来ないとまでは言いませんが)。 つまり、あるルールなりに対して「黒ではない」という事実があったときに、だからと言って「白である」とは限らないはずなんだけど、「黒でない」んだから「白ってことなんですよね」と即座に直結させてしまう人、結構多いです。

あと、人は一元的な単一の評価軸で評価を下したがる傾向もありそうです。 質の異なる複数の評価を並列で検討するのは複雑で面倒ですから。
例えば、法律には違反してなくてもモラルというか善良な多くの人の感性的には反してる物事って沢山あると思いますが、結構な割合で人は法律かモラルか、どちらかの評価軸だけをもって総合的な結論を決めたがりますよね。一元的でわかりやすいのを好む 。

こういう多くの人に見られる人間の弱さ的傾向があるゆえに、実はそうしたニーズに愚直に対応して「見られる」ことをシンプルに追い求めた結果のあのキュレーションメディア()の横行であり、またいわゆる「マスゴミ」が幅を効かせるということになってるのかなーと。

あ、あと、人は他人をディスるのが好き、ディスられてるのを見るのが好き、という下世話な傾向も、このことに加担してるかもしれません。

裏を返せば、こうした扇情的ではあるけれど信頼性や正確性の欠如した嘘まがいの情報に踊らされないためには、自分にとってほろ苦い真実でもありのままに認めて受け入れる準備をしておくこと、二元論で性急短絡的に結論を急がないこと、面倒がらずに多角的多面的な評価軸でよくよく検討してみること、他人をディスりたくなる衝動を抑えること、などがコツとして挙げられそうです。

情報リテラシー。自分自身もつい扇情的なタイトルの記事追いかけたがるところもありますし、しっかり出来てるとまでの自信はありませんが、せめて自分の子供にはデジタルネイティブとして踊らされるようなことの無いよう、うまく導いてあげようと思います。

今日のところはこんな感じで。
ではでは。
posted by tacryan at 23:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Media | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする