2016年10月19日

原因論と目的論


まさに、アドラーさんの言う、原因論と目的論の話ですね。

はるかぜちゃんは、アドラーさん関連の本読んだことでもあるのかな?そうでもないのに、自然とこういう考えに到達してて、しかもそれをこれだけ的確に当てはめて表現してるんだとしたら、やっぱりすごい人ですよねえ。

まあでもこの考え方、明確に認識できてる人は少ないだろうけど、実は誰でも薄々、無意識に気づいてるものなのかもしれません。

とりあえず自分の場合は、この考え方を読んだときに、ずっと長い間モヤモヤしたままだった何かがスッキリして腑に落ちた感じがしたんだけど、それって実は自分でもちゃんとこのことを知ってたからなのかな、と。
知ってはいるけど、それを受け入れることは、弱い自分を認めることにもなるため、無意識に否定あるいは蓋をしていたのかな、と。

この考え方を素直に認めるようになってからは、自分にも他人にも、かえって余裕を持って接したり、振る舞ったりすることが、少しだけ前よりも出来るようになった気がします。

とりあえず今日のところは、こんな感じで。
ではでは。
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2016年10月26日

表現の自由と、言葉の暴力と、出る杭は打たれること


うーん、何でしょう。
なんともムズムズする心持ちになるのは、なぜなんだろうか。

患者さんの苦しみ、医療の実態や、公的保険の課題など、自分は全然何も知らないし語るほどの知見も無いので、そこは何とも言えないし言うべきでもないのですが、感想として、多角的に事実を仔細に調査し勉強しておらず慎重に言葉を選ぶことも出来ない直情的なだけが取り柄のバカは、出る杭は打たれるしかも徹底的に、ってことなんだろうなと思いました。

私も、長谷川氏の例のあれについては調子に乗りすぎたバカな行為、一線越えちゃったバカ以外の何者でもないとは思います。
ただ、目に見えた課題を何とかしなくては、解決に向けての提案をしたいという素直な思い自体は真剣ではあるし、悪いものでは無いよねとも思います。ただ、思ったことをそのままバカ正直に不特定多数の向けて大声で得意気に発言してしまった、バカだったというだけなのかなと。

翻って、こちらの野上さんの痛烈な批判。恐らくその指摘は正しいのだと思いますし、患者や医療現場の実態に関しても広く深く知っているのだと思います。
ただ、なんだかムズムズするのは、対談の時に一方的に喋らせておいて、後になってから後だしじゃんけんのようにこのような長々と呪いの塊のような批判を一方的に出してきたことですかね。
この記事の前提の対談も読んでたのですが、その時には確かに大した議論も反論もなく意外に穏便に終わったなと思ったんですが、その裏でこんだけドロドロと批判を溜め込んでいたとは…。

またもう一点気になるのは、確かに患者や医療の現場などの実態には詳しいのだろうし、当事者でもあるが故に課題の指摘も正しいのだろうけど、ではそれを解決するにはどうしたらいいかの提案は、記事を読んでもいまいち読み取れなかったこと。
あれが問題、これが問題と指摘は正しいけど、それに対して、ではどうアクションするのか?それがないように見えるので、なんだかムズムズするのかなと思います。結局、すごく綺麗な理想に向かって国なり公的機関がなんとかしなければいけないと、他力本願なことしか言ってないような気がするのですよね。
他人の問題点を指摘するのは簡単ですが、課題に対してどうすればいいのか、少なくとも自分は何をするのか、それがセットになってないただの指摘というのは、正論であってもムズムズします。

表現の自由は、言ったことの責任は自分で引き受ける覚悟と表裏一体で、バカなことをしたら批判は受け止めて当然です。ただまあ、批判する側も、批判だけ、出る杭は滅多打ちにするだけではなく、建設的な方向にお互い進めるような議論になるといいなと、常々思ってみたりします。

ではでは。
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2016年11月02日

言い出したからにはやりきる覚悟で自分を信じて楽しくやるのだ

仕事の合間に、ブログカスタマイズのサイトなど見ながら、htmlの基本のキを少しだけ勉強しておりました。一応IT、Web関係の仕事の端くれで飯を食っているのに、今更ながらというね。

まあ決して仕事中に関係ないことしてるわけではなくw、実は今度仕事で、ブログ活用してとあるコンテンツ作りましょうなんてことを自分から言い出してまして、その関係もあり今チラホラと研究しているのもあります。
なんとなくジャストアイデアで勢いで提案しちゃった手前なんですが、ちと簡単に考えすぎてたかなあと、今になって若干しくじったかなー感もあったりなかったり。

まあでも、アイデアとしてはいいと思ってるし、やる価値はあるプロジェクトだと信じて、言い出したからにはやりきる覚悟で頑張らないとなあと思う次第であります。
途中で投げ出さないこと。これを完遂できれば、またひとつスキルも自信も付くと思うしね。楽しんでいきたいです。

今日はこの辺で。
ではでは。
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2016年11月18日

過去のブログを見返して自分の歴史を知り、空白期間のあれこれを綴る

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写真は、今朝撮ったハゼの盆栽です。
大分キレイに紅葉してきています。

さて、ここ数日、暇を見つけては、このブログのカテゴリー見直しのため、過去記事をつらつらと眺めていました。

2004年、会社の同僚の間で流行ってたのを見て、ココログでなんとなく始めたブログですが、なんだかんだ12年続いたことになります。
始めた時は32歳の計算ですね。既に30代のくせして、最初の頃の記事を見返すとなんとも馬鹿馬鹿しい、稚拙な内容と文章でよくもまあと恥ずかしくなりますが。

この12年間、結婚、子供の誕生、また2回もの(厳密には3回ですが最初は会社は変わったけど職場と仕事内容はほぼ同じだったので2回)転職を経験しましたし、そのなかでも様々な紆余曲折もあり、自分自身大きく変わっていると思います。ブログの文章見ても違うもんねえ。

そんなあれこれ、その時々の自分が思い返されて、それだけでもブログ書いてて良かったなーと改めて思う次第です。

ちなみに、その時々の世の中の出来事の記録、またそれに対して自分がどんなこと思ったかを思い出すのも、面白いですね。
このブログ始めた頃はTwitterなんか無かったんですよね。それどころか、「gmail始めました」的な記事もあって、そんなに昔から書いてたのかと驚きです。

とはいえ、ここ5年くらいについては、ほとんどブログ放置だったので、全く記事が無いんですよね。

見返してみると、その前から徐々に更新減ってはいたのですが、決定的に放置になったのは、子供が誕生した2011年以降。
子育てがいかに大変か、あるいはブログなどより我が子のほうがどんだけ可愛いか、わかるというものですw
余談ながら子供生まれてからは、携帯・スマホで写真を撮ることが猛烈に増えたため、プライベートのライフログのデータとしてはこれらの膨大な写真が代替になってますね。

もっとも、ブログ更新しなくなったのは子供が生まれたことのみが理由でもなくて、この間仕事においてはかなり激動でしんどい状態にあったため、精神的にも余裕がなかったというのもあるかもしれません。

自分のささいな行き違い、慢心みたいなところから、底辺まで落ちて、苦しんで。

苦しいので、法律系の資格でも取ったら境遇変えられるかと思って、行政書士や司法書士目指して勉強したこともありました。
結果、行政書士は3回目の受験で合格したのですが、薄々気づいてはいたけど、いざ資格取ってみたところで開業とかするためには、資金もそうだし、何より営業力や経営っていう能力が、自分には全然無かったんですよね。これじゃ司法書士仮に合格しても、結局それだけじゃダメやんということで。

そこから原点に帰って、またもがいて。もがいた甲斐があったのか再び徐々に上がってきたけど、今度は上に立ったなりの精神すり減る苦労があって。

それでもなんとか自分なりに頑張って、マネージャーまで後もう少しというところで、今度は自分の力及ばぬやんごとなき理不尽めいた何かのために、またしてもドカーンと地の底まで落とされてw

全く幸せな将来のビジョンが見えない悲観から、長年勤めた会社を今度こそ出るという決心をして、そんな時に神様の思し召しか、また様々な方の助けもあり、幸運にもタイミング良く今の会社に転職出来たのが、昨年の話。

そこから1年あまり、他に誰もノウハウ持ち合わせてないところから、自分の持てるノウハウ・スキルをフルに使って体制やフローを整えて、ようやく最近安定的に回るようになってきたような気がします。

このようなブログから離れていた期間のあれこれ。
数年に一度くらいでブログ更新したとき、たまに軽く触れているエントリーはありましたが、改めて今ここで総括というか、簡単にブログに書いておこうと思ったのです。

まあ仕事は大変でしたが、プライベートでは子供も大変にかわいく、元気にすくすくと成長してくれてるし。子育ても大変ではあるけれど、奥さんとも仲良く歩んでこれてるので、それは本当に幸せでありがたいことです。
仕事で大変だったときにも、奥さんに支えられ、子供の笑顔に元気をもらえたことで、なんとか乗り切ることが出来ました。本当に感謝しています。

まだまだ自分も40代、まあ40代の割には何も大層な実績や社会貢献も無いので恥ずかしい部分はあるのですが、家族の幸せのため、周囲のみんなの幸せのため、世の中の人のため、そして何よりも自分自身の幸せのため、充実した人生にしていきたいと思います。また、その記録をこのブログに記し続けていけますように。

ではでは。

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2016年11月29日

「shortnote」的な何か、シンプルに書くことを習慣として

なんかこう、Bloggerさんの記事みたいに、見出しとかちゃんと付けて分かりやすくカッコいい記事書きたいなと思うんですが、スマホアプリだとそんな工夫何にも出来ないのですよね。平日の夜はPC起動すらしてないし、まさか仕事中に…ゲフンゲフン。

まあ、無いものねだりしても無いものは無いですし、よほど時間がある時にでも凝った記事はチャレンジしてみるとして(ネタ集めて練り込んで書く準備は常日頃から意識しとく)、平日は気持ち良く風呂を堪能しつつ、のんべんだらりと平文で戯れ言など書きなぐるスタイルで当面は行こうかなと思います。

「shortnote」ってサイトがあって、ブログみたいな、はてなの増田みたいな、あるいはコミュニティみたいな投稿サイトですね。で、そこに書かれている色んな皆さんのテキスト、あれ読んでると自分の文章とシンパシーを感じます。

このブログでもたまに調子が出てくると、なんとも下らないけど勢いだけはある妙なテンションのテキスト書き上がることあるんですが、shortnoteに上がってる文章、まさにそんな感じ。しかも、自分の駄文と比較するのもおこがましいほど、クオリティが高い。

クオリティって言ったけど、別に自分も体系立てて文章術など勉強してるわけでもないので、理論的に何がどうクオリティなのかわかってるとも言いがたいんですが、とにかく何か、書いてあることはホントにどうでもいいことしか書いてなかったりするんだけど、何故か読んでしまう、読まされてしまう勢いがあるというか。

自分が目指しているところも、その辺が1つのビジョンなのかもしれません。あるいは、もし自分が高校生くらいのころから何がしかテキスト書くということを習慣にしていたら、今ごろはshortnoteに集うネイティブ物書きな皆さんと同じようになっていたかもしれないなあと。

残念ながらそんな習慣など身に付かず。というか正確に白状すれば、年に1〜2回レベルで時々一念発起してアイデアノートみたいなのに雑考まとめることを習慣にしようと青臭く思い立ったりするんだけど、ことごとく3日も続かない坊主でやめてしまってパチンコやらゲームやらの怠惰に逃げるクズ人生な時期も長くて今に至っておるわけで、

その辺やっとここ1〜2年になって、客観的に自分と言うものを知れるようになってきた、認めて受け入れることが出来るようになってきた、かも、ですね。芝居の脚本書いてみようとしてものの大学ノート10ページならないくらいでぶん投げたりとかね。20代のころの自分自身の、若さゆえの過ち的な。

まあ、気負うつもりもありませんが、shortnoteとか見てると単純にああ、こんなのもいいよな、と思いますし、きっと何か書く、書いて吐き出すってのは、適度なら精神にも脳みそにもいいことだとも思うので、ゆるゆると今度こそは続けたいなあなどと、風呂に入りながら書き散らしてみるのです。

今日のところはこんな感じで。ああ風呂はホントに気持ちが良い。あ、長風呂だ、またしても。
ではでは。
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2016年12月01日

(少しは)安心してください、17時台の帰りの電車もきちんと混んでる日本ですよ

今日は1日社外の研修で、17時で終了したので、結構早く帰宅でした。

で、いつもより二時間くらいは早く、17時台の埼京線に乗って帰ったわけですが、こんな時間でも仕事帰りの人で、電車結構混んでるんですよね。

17時台ですから、そもそも終業が17時とかの人たちなんでしょうが、要するにノー残業でスッキリ帰っている人たちが、そんだけ世の中にはいるってことなんですよね。ちなみに学生かとも思いましたが、スーツ姿のサラリーマンやOLさんもきちんと多かったです。

ネットのニュースとか見てると、電通の件みたいに残業しすぎで自殺やら過労死やら、またブラック企業の過酷な実態がいかに悲惨かというような話題が沢山目に入ってきて、まるで日本は残業大国、誰も彼も長時間残業で魂すり減らしてる日本死ね、みたいな感じについ思ってしまいがちなんですが、実際17時18時でサクッと帰れてる人たちも沢山いるわけですね。

目に見える1面だけ見て、あたかも世の中の全てがそうなんだとうっかりゼロサム極論的に単純化しすぎてしまうことってあるので、色んな視点から多角的にものを見て、冷静かつ客観的に事実を認識するよう努めることって大切だよなあ…などと、帰りの電車の中でボンヤリ思いました。

もちろん、きっかり定時に退社して帰る人も沢山いれば、3時間4時間残業当たり前で毎日が終電待ったなし、みたいな人も同様に沢山いるんでしょうし、その中でもいわゆるブラックみたいにやむにやまれず思考も停止してボロボロになるまで受動的に働かされてる(と思ってる)人もいれば、好き好んで仕事が生き甲斐または趣味いやいっそ空気吸うのと同じですってくらいな人もいるわけです。
要は、そこの格差感が、ネットなどの発達によりリアルにおいて自分の属するコミュニティ・コモンの外の人たちの姿もよく見えるようになって、様々な軋轢が急激に増えたということなのかもしれませんね。それが良いとか悪いとか、そういう議論もなんかなとも思いますが。


そんなわけで、今朝は新宿で研修で特別なのに、雨のせいで普段乗らないバスに乗ったら案の定大幅に遅れた上に遅刻ギリギリと思われたので湘南新宿ラインに飛び乗ったつもりが上野東京ラインで新宿停まらないため無駄な乗り換えもするはめになって朝から疲れました。湘南新宿と上野東京ライン紛らわしいんじゃ。

ではでは。
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posted by tacryan at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Thinking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする